詩集は持ち運ぶことができる。じゃあ演劇はどうすることができる?

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私は、あの人に話しかけなかった。かつて一度も。

でも、本当にそんなことが大切なんだろうか。私が、あの人の姿を見た。それだけで対話はもう成立しているんじゃないだろうか。それはスクリーンやテレビ画面やパソコンモニタを媒介してだけれど。ある目が、視覚像と音声を捉えた。それによって、わたしの内分泌の組成が一瞬だけでも変わった。体温が微かにあがって、脈拍が少し早くなったかもしれない。足の裏に汗をかいたかもしれない。それだけで交流は、対話はもう成立しているんじゃないだろうか。

鳥居万由実詩集『07.03.15.00』

家族

隣の家。老人が死んだようだ。窓際の布団の上でジュワッと溶けていたらしい。遺体を処理する業者がせかせかしている。もう跡形しか残っていない老人をひと目見たいとの情愛を示す人間はいなかったんだろう。
老人は実はカラダの溶ける宇宙人だったのではないか?と息子が言う。宇宙人だからってカラダが溶けるとは限らないのだと答えると、息子はつまらなそうに炒飯を食べた。炒飯には刻まれた段ボールが入っていてパラパラしている。明日はガムテープのサンドイッチです、と妻からの予告あり。布ですか、紙ですかと愛犬マルチーズが質問するも会見は終了した。

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〈と〉

〈と〉


客のいない一〇七号室〈と〉

マッチングアプリで出会った五人目の恋人〈と〉

ここ八日放置されている小動物の轢死体〈と〉

近所に駐めてある九台のベンツ〈と〉

廃棄されそうな四百円の弁当〈と〉

すき家で団欒する六人組の子ども〈と〉

『三匹の子豚』を毎晩読まされる母親〈と〉

神田川に浮かんでいる二羽のカルガモ〈と〉

あなた

世田谷線 下高井戸〜三軒茶屋

二〇二〇・四・十一

世田谷線 下高井戸〜三軒屋」

 

〈赤〉めっちゃ速い自転車の坊主頭

〈橙〉レンガ色のキャロットタワーとひもとかれた「三にんじん女子会」の謎

〈黄〉特等席から公園を眺めていた歯の抜けたばあさんが、こっちを見て快活に言った。「仲がいいってのはいいねえ!見てて楽しい!」

〈緑〉若林の緑道で娘を肩してランジ・ウォークする父

〈青〉四脚の椅子「このへんでちょっといっぷくお気軽に」

〈藍〉ファミマ前の配達ロッカー「このロッカーの名前は やきいも です。」

〈紫〉西太子堂駅「よく」の下に描かれた目の絵