詩集は持ち運ぶことができる。じゃあ演劇はどうすることができる?

049

私は、あの人に話しかけなかった。かつて一度も。

でも、本当にそんなことが大切なんだろうか。私が、あの人の姿を見た。それだけで対話はもう成立しているんじゃないだろうか。それはスクリーンやテレビ画面やパソコンモニタを媒介してだけれど。ある目が、視覚像と音声を捉えた。それによって、わたしの内分泌の組成が一瞬だけでも変わった。体温が微かにあがって、脈拍が少し早くなったかもしれない。足の裏に汗をかいたかもしれない。それだけで交流は、対話はもう成立しているんじゃないだろうか。

鳥居万由実詩集『07.03.15.00』