息子

デジタルネイティブは2時間で成果を出す。
説明書なんかいらない。楽しんでやる。身に付く。
そのように習得された諸々のスキルたちは
もしかしたらいつか何かの役に立つかもしれない。
でも役に立たなくてもいい、別に。

懐中電灯は備蓄用のリュックの脇に挿さっていた。
宇宙人は部屋の端の昔のおもちゃ箱の中から出てきた。
うちには物と謎の元気だけは有り余っているから、
様々なものを繋げて勝手に何かをやるんさ。

隣の家の老人は会うと話を挨拶だけはしてくれたんだと
結局誰にも伝えていない。
そんな必要は一度もなかったし、これはごく個人的な問題。
ごく個人的に弔ってだんだんに忘れていく。
遊びに飽きるように。

詩集は持ち運ぶことができる。じゃあ演劇はどうすることができる?

049

私は、あの人に話しかけなかった。かつて一度も。

でも、本当にそんなことが大切なんだろうか。私が、あの人の姿を見た。それだけで対話はもう成立しているんじゃないだろうか。それはスクリーンやテレビ画面やパソコンモニタを媒介してだけれど。ある目が、視覚像と音声を捉えた。それによって、わたしの内分泌の組成が一瞬だけでも変わった。体温が微かにあがって、脈拍が少し早くなったかもしれない。足の裏に汗をかいたかもしれない。それだけで交流は、対話はもう成立しているんじゃないだろうか。

鳥居万由実詩集『07.03.15.00』

クロワッサン / 眠られぬ夜

朝聞いた鳥の音を
思い出すみたいに
とりとめもなく
君の話を
聴いていたかった
朝が来ないのでは
意味がないのに

かつてのパン屋は
ずいぶん遠かった
手狭な店のなかで
あかるく挨拶する
幸せそうな人から
パンを買った
あの日のこと

クロワッサンには
幾つもの層があり
お皿の上に点々と
広がった
こぼれ落ちた滓を
勿体ないとばかり
拾いあげていた

鳥の音も君の声も
だいぶ遠くなって
それで静かなのか
窓から差し込んだ
わずかなひかりに
目のしばたく
三日月の夜